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新撰組で一番強かったのは?

こんばんは、発狂ねこです(^ ・∀・^)

今回は「新撰組」で一番強いと言われる候補に挙がりそうな隊士を私なりに紹介します。

特に強さの定義は定めておらず立証することもできませんが、妄想を膨らませるのも楽しいですね。

はじめに:新撰組とは?

新選組(しんせんぐみ)は、江戸時代末期(幕末)に、京都において反幕府勢力を取り締まる警察活動に従事したのち、旧幕府軍の一員として戊辰戦争を戦った武装組織である。

上文は wikipediaから引用です。

「選」でも「撰」でもどちらでもいいようですが、個人的には新撰組でしか使われることを見たことがないためオリジナリティがある「撰」の字が好みです。

幕末の京都において誠の旗の下、浅葱色のダンダラ模様の隊服に身を包み信念の火花を散らせた新撰組は、今でも多くのファンを魅了しています。

最近は色々なゲームのキャラクターとしても登場しますね。

それでは本題に入ります。

  

近藤勇

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新撰組局長の近藤勇(こんどういさみ)です。

剣客集団を率いる新撰組のリーダーですから剣の腕は当然達者であり、天然理心流宗家四代目を継いでいます。

有名な池田屋事件では、相手が20人以上であるにも関わらず近藤を筆頭に僅か4人で斬り込みを敢行し、無傷で大戦果を挙げています。

また移動中に狙撃されて重症を負った際には、自ら馬を走らせ帰ったとも言われています。

 

芹沢鴨

芹沢鴨(せりざわかも)です。

近藤や新見錦と共に、初期新撰組の局長を務めています。

水戸脱藩浪士であり、剣は神道無念流の免許皆伝。

当初新撰組は近藤をリーダーとする多摩派と芹沢をリーダーとする水戸派に分かれており、水戸派の隊士を束ねていました。

道を譲らない力士を斬り殺し乱闘騒ぎをしたり、お金を貸してくれない商家に大砲を打ち込んだりと乱暴なエピソードが多いですが、よほど腕に自信があったからできたことなのでしょう。

その横暴な粗行を理由に、後に泥酔して寝ているところを土方歳三以下多摩派の隊士に暗殺されますが、剣を持って対峙しての戦闘ならば、多摩派の隊士にも多くの犠牲が出ていたかもしれません。

 

土方歳三

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新撰組「鬼の副長」こと土方歳三(ひじかたとしぞう)です。

統率力に非常に優れており、新撰組の組織化に大きく貢献しています。

厳しい局中法度を作り法度に背いた隊士に切腹をさせたり、勤王派志士の古高俊太郎に残酷な拷問をしたり(池田屋事件の発端)など、新撰組に仇する者に対しては容赦無く「鬼」と言われるのも頷けます。

剣は天然理心流の目録で免許は与えられていませんが、実戦では滅法に強かったとも言われています。

後に長年学んできた剣にこだわらず銃を使う部隊を組織したりもするので、おそらく型にははまらず勝利のためにその場その場で最適な選択ができることが土方の強みなのでしょう。

新撰組の中で一番最後まで新政府に抵抗したのが土方であり、箱館戦争においても幕府軍を指揮して新政府軍を散々に苦しめました。

新政府軍からしたら土方が最強と言ってもいいかもしれません。

 

蛇足ですが私は土方さんのファンで、日野のお墓にも行ったことがあります。

土方さんのスペースの前に「家族、新撰組以外立ち入り禁止」のような札があり、遠くから手を合わせました。

 

沖田総司

 

天才剣士、沖田総司(おきたそうし)です。

新撰組の一番隊組長を勤めていました。

流派は天然理心流の免許皆伝(北辰一刀流の免許皆伝も持っていたらしい)。

幼い頃から剣術の天稟は凄まじいものがあり、竹刀での稽古では名だたる年上の隊士達を逆に子供扱いしたようです。

新撰組に親しい人物だけでなく、敵方からも剣の技術はとても高く評価されていた文献が残っています。

一度突くモーションで実は三度も突きを入れている「三段突き」という技が有名ですね。

池田屋事件の際、最初に切り込んだ隊士四人の中のメンバーでもありました。

近所の子供と遊んだりなど親しみやすい人柄であったようですが、現代の多くの作品でも礼儀正しく人懐っこい美少年として描かれています(美少女化する場合も)。

結核で亡くなる前に「今の私は黒猫すら斬れない」と嘆いた有名なエピソードのは創作と言われています。

ちなみに川原正敏先生の「修羅の刻」に出てくる沖田総司は、木の上の小さい黒猫を見つけると刀を振り枝を斬り、落ちる黒猫を受け止めて、「高いところに登ったけど降りられなくなった黒猫」を助けるシーンに置き換えてあります。

沖田にも元気でいて欲しい反面猫も斬ってほしくない自分としては、最高に美しく感じた描写でした。

 

永倉新八

新撰組二番隊組長、永倉新八(ながくらしんぱち)です。
剣の流派は神道無念流、免許皆伝。

池田屋事件で池田屋に切り込んだ四人のメンバーのうちの一人です。

新撰組隊士であった阿部十郎が剣の腕前について「一に永倉、二に沖田、三に斎藤」語っており、非常に突出した剣の腕を持っていることが覗えます。

 動乱の幕末を生き抜き77歳で病気で亡くなりますが、晩年まで大学の剣術部を指導していたと言われています。

 

斎藤一

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三番隊組長、斎藤一(さいとうはじめ)です。

剣の流派は一刀流との説がありますが、正確にはわかっていません。

新撰組隊士として数多くの粛清、戦闘に参加しており、その剣の腕は永倉新八からも「斎藤の剣は無敵の剣」と評されています。

左利きだったという説があり、坂本龍馬を暗殺したのも斎藤一だったと言われることもあります。

幕末の動乱を行き抜いた後には警視庁に所属し、西南戦争においても華々しい戦果をあげています。

「和月伸宏」先生による大人気漫画作品『るろうに剣心』にも登場したことで、個人的には新撰組の中で一番有名なのではと思っています。

「浅田次郎」先生の『一刀斎夢録』という小説では斎藤一独特の凄みを感じることができておすすめです。

 

大石鍬次郎

大石鍬次郎は、「人斬り鍬次郎」とも呼ばれた新撰組隊士です。

剣術は天然理心流、小野派一刀流を学んだと言われています。

元新撰組隊士である阿部十郎が「沖田総司、大石鍬次郎という若者は、ただ腕が利くだけで、剣術などはよく使っていた」、「大石鍬次郎、沖田総司、井上、是らは無闇に人を斬殺致しますので」といった記述をしており、沖田と並ぶほどの剣の腕を持っていたのではないかと思われます。

新撰組では多くの暗殺に関与しており、新撰組を事実上抜けて新しく御陵衛士という組織を作った伊東甲子太郎を暗殺したのも大石だと言われています。

 

服部武雄

伊東派の隊士、服部武雄です。 

流派は様々な説があり詳しくは分かっておりませんが、二刀流の達人だったようです。

新撰組の参謀「伊東甲子太郎」は別組織「御陵衛士」を結成し活動しますが、その際に

服部も兄弟同様の関係だった伊東と共に活動します。

新撰組は伊東を暗殺しますが、その後死体を油小路という場所に放置することで他の御陵衛士をおびき寄せ、一戦交えようと準備していました。

伊東暗殺の知らせを聞いた御陵衛士の面々は伊東の屍を引き取りに向かい、案の定待ち構えていた新撰組と戦闘になりますが、他の御陵衛士の面々が逃げる中、服部は奮戦して新撰組隊士を何人も斬った後、二刀を持ったまま討ち死にしました。

服部の強さは新撰組局長の近藤も大いに認めていたそうです。

 

吉村貫一郎

撃剣師範を務めていた吉村貫一郎です。

沖田、永倉、斎藤と主立った面々ともに新撰組の撃剣師範を勤めていましたので、相当な剣の腕前だったと思われます。

彼を主人公とした『壬生義士伝~新撰組で一番強かった男』という映像作品がありますが(浅田次郎先生原作)、創作の部分が非常に多いようですね。※物語としては非常に面白かったです。

 

以上となります。

「あの隊士の名前がない」と思われた方はごめんなさい( ^;∀;^)

いつか新撰組関連の作品やゲームもまとめて記事にできたらと思っています。

新撰組に関しては色々と思い出がありますが、大学時代にバンドを組んで、バンド名を考える際に「新鮮グミ」を提案したら一斉に却下されたのも今となっては良い思い出です(^・∀・。^)

それではお後がよろしいようで((((^ ・∀・^)